強制執行を避ける目的のファクタリング|刑事責任の要件
強制執行を妨害する目的で売掛金を譲渡すると、刑法96条の2により3年以下の拘禁刑または250万円以下の罰金の対象になりえます。条文は、事情を知って買い取った側も同じ罪に問うと定めています。要件と、民事の詐害行為取消権との関係を条文から整理します。
債権者からの強制執行を避けるために売掛金を売ってしまおう、という考えには刑事責任が伴います。刑法第96条の2は、強制執行を妨害する目的での財産処分に3年以下の拘禁刑または250万円以下の罰金(併科もあり)を定めています。
さらに条文は、事情を知って買い取った側も同じ罪に問うとしています。つまり「回避できます」と勧誘してくる業者も、処罰の対象になりうるということです。この記事では、条文の要件と民事の詐害行為取消権との関係を整理します。経営危機の段階ごとの考え方は 経営危機×ファクタリング判断フレーム にまとめています。判断は弁護士への相談を前提とした論点整理です。
刑法第96条の2が定めていること
法定刑
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 根拠条文 | 刑法第96条の2(強制執行妨害目的財産損壊等) |
| 法定刑 | 3年以下の拘禁刑または250万円以下の罰金(併科もあり) |
| 目的 | 強制執行を妨害する目的があること |
| 対象財産 | 強制執行を受け、または受けるべき財産 |
「拘禁刑」は、令和4年の刑法改正で懲役と禁錮を一本化した刑です。古い解説では「3年以下の懲役」と書かれていることがありますが、現行の条文は拘禁刑です。条文の本文は e-Gov 法令検索で確認できます。
3つの行為類型
| 号 | 行為 |
|---|---|
| 第1号 | 強制執行を受け、または受けるべき財産を隠す、壊す、その譲渡を仮装する、債務の負担を仮装する |
| 第2号 | その財産の現状を変えて価値を下げる、または強制執行の費用を増やす |
| 第3号 | 金銭執行を受けるべき財産を、無償その他の不利益な条件で譲渡する、または権利を設定する |
ファクタリングとの関係で問題になるのは、主に第3号です。差押えを受けるはずの売掛金を、相場からかけ離れた低い価額で譲渡した場合がこれにあたりえます。
買い取った側も処罰の対象になる
同条は続けて、次のように定めています。
情を知って、第三号に規定する譲渡又は権利の設定の相手方となった者も、同様とする。
「情を知って」とは、その事情を知っていたということです。強制執行が迫っていると知りながら不利益な条件で買い取った業者も、同じ法定刑の対象になります。
このことは、業者選びの判断材料になります。事情を説明したうえで「問題ありません」と即答する業者は、この条文を知らないか、知っていて言っているかのどちらかです。どちらであっても、取引相手として適切とは言えません。
「妨害する目的」はどう判断されるか
条文は「強制執行を妨害する目的で」と定めています。内心の目的は直接見えないため、客観的な事情から判断されることになります。
| 見られる事情 | 内容 |
|---|---|
| 取引の時期 | 差押えの予告や訴訟の提起との前後関係 |
| 取引の条件 | 買取価額が債権額に対して妥当か |
| 資金の使い道 | 事業の継続に充てたか、債権者から隠す形で費消したか |
| 説明の一貫性 | 取引の必要性を帳簿や計画で説明できるか |
逆に言えば、通常の条件で、事業の継続に必要な資金として、記録を残して行った取引まで直ちに問題になるわけではありません。危ないのは条件と使い道が説明できない取引です。
ここで言う「条件」とは、買取価額が債権額に対して妥当かどうかです。債権額100万円の売掛金を30万円で譲渡したような場合、事業上の合理性を説明することは難しくなります。一方、通常の手数料の範囲で譲渡し、その資金を仕入代金や給与に充てていれば、事業の継続のための取引として位置づけられます。
どの段階から問題になるのか
「強制執行を受けるべき財産」という要件があるため、どの段階での取引かによって評価が変わります。
| 段階 | 評価の傾向 |
|---|---|
| 支払いの遅れが出始めた段階 | 通常の資金繰りとして説明しやすい |
| 催告書・内容証明が届いた段階 | 債権者の請求を認識している。条件と使い道の説明が要る |
| 訴訟を提起された段階 | 強制執行が現実味を帯びる。取引の必要性を記録で示せるようにする |
| 判決が確定した段階 | 「受けるべき財産」に当たりやすい。弁護士の関与なしに動かない |
| 差押命令が出た段階 | 対象となった債権は譲渡しても効力が及ばない |
重要なのは、段階が進むほど「説明できること」の水準が上がる点です。早い段階なら通常の資金繰りで済む取引も、判決後なら目的を疑われます。
記録を残す意味
取引の必要性を後から示せるかどうかが分かれ目になります。次のものを残しておいてください。
- 資金繰り表(いつ、いくら不足するか)。
- 資金の使い道が分かる帳簿と振込の記録。
- 複数社から取った見積書(条件が妥当だったことの裏づけ)。
- 弁護士に相談した記録。
とくに見積書は、買取価額が「不利益な条件」でなかったことを示す材料になります。1社だけの条件で決めると、比較の材料が残りません。
民事の詐害行為取消権との関係
民法第424条
刑事責任とは別に、債権者は民事上の取り消しを求められます。民法第424条第1項は次のとおりです。
債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした行為の取消しを裁判所に請求することができる。ただし、その行為によって利益を受けた者(以下この款において「受益者」という。)がその行為の時において債権者を害することを知らなかったときは、この限りでない。
要件は次のとおりです。
- 債務者が、債権者を害することを知って行為をしたこと。
- 受益者(買い取った側)が、その時点でそれを知っていたこと。知らなければ取り消せない。
- 取り消しを求める債権が、その行為より前の原因で生じたものであること(同条第3項)。
- 強制執行で実現できない債権では請求できない(同条第4項)。
刑事と民事は別々に進む
詐害行為取消が認められると、ファクタリングの取引は取り消され、売掛金は元に戻ります。債権者はそれを差し押さえられるようになります。
一方、刑事責任はこれとは別に追及されます。取引が取り消されたから刑事責任が消える、という関係ではありません。経営者個人に刑事責任が残る可能性があります。
取締役・経営者個人のリスク
4つのリスクが重なる
| リスク | 根拠 |
|---|---|
| 刑事責任 | 刑法96条の2(3年以下の拘禁刑または250万円以下の罰金) |
| 会社に対する責任 | 会社法423条(任務を怠ったことによる損害賠償) |
| 債権者に対する責任 | 会社法429条(悪意または重大な過失があったときの第三者への損害賠償) |
| 個人保証の履行 | 会社債務の連帯保証をしている場合、個人財産への執行 |
会社を守るつもりの判断が、経営者個人の刑事責任と賠償責任につながる構図です。とくに会社法429条の「第三者」には債権者が含まれます。
個人保証がある場合
会社の債務に連帯保証をしていれば、会社の処分とは別に個人としての支払義務が残ります。強制執行が個人の財産にも及ぶ可能性があります。保証債務の整理については 経営者保証ガイドライン適用後の活用 を参照してください。
「隠す」対応が招く二次被害
強制執行を避けようとする対応には、刑事責任のほかにも副作用があります。
| 起きること | 内容 |
|---|---|
| 選択肢が減る | 私的整理では債権者の協力が前提になる。不信を招くと支援を得にくくなる |
| 条件が悪化する | 急いで資金化するほど、買取価額は低くなりやすい |
| 悪質な業者を呼び込む | 事情を抱えた事業者は、高額な手数料を求める業者の標的になる |
| 再建の時期を逃す | 対応に追われている間に、本業の立て直しが遅れる |
債権者の側から見ると、財産が動いた事実は後から把握されます。取引の記録は残り、破産手続に入れば管財人が調べます。隠し通せる前提で組み立てた計画は、たいてい途中で行き詰まります。違法な業者の見分け方は 違法業者の見分け方 にまとめています。
では、どうすればよいか
弁護士への相談を最優先にする
強制執行が予想される段階では、資金を作ることより法的な整理を先にするほうが結果的に損失が小さくなります。何が差押えの対象になるのか、いま何をすると後から問題になるのかを、事実関係を伝えたうえで確認してください。
合法的な選択肢
| 手段 | 内容 |
|---|---|
| 債権者との任意交渉 | 分割払い・支払期限の延長について合意する |
| 特定調停 | 裁判所の関与のもとで債務の返済条件を話し合う |
| 私的整理 | 事業再生ADR、中小企業活性化協議会のスキーム |
| 法的整理 | 民事再生、会社更生、特別清算、破産 |
| 事業譲渡・スポンサー | 事業の受け皿を探し、雇用と取引を残す |
これらはいずれも、債権者に対して公然と行う手続きです。隠す方向の対応と違い、後から責任を問われることはありません。
どれを選ぶかは、債権者の数と、本業に採算性が残っているかで変わります。債権者が少数で話し合いの余地があるなら任意交渉から、多数なら法的整理が現実的です。本業が黒字なら事業の受け皿を探す選択肢もあります。いずれにしても、選ぶ前に専門家と現状を整理する必要があります。
避けるべき判断
- 弁護士に相談せずにファクタリングを実行する。
- 相場からかけ離れた条件で売掛金を譲渡する。
- 債権者に知られないよう取引を隠す。
- 「回避できる」と説明する業者の言葉を判断の根拠にする。
よくある質問
強制執行を避ける目的でファクタリングを使うと違法ですか
妨害する目的が認定されれば、刑法96条の2の対象になりえます。民事でも詐害行為取消権の対象になります。目的が認定されるかは、取引の時期・条件・資金の使い道といった客観的な事情から判断されます。
法定刑は懲役ではないのですか
令和4年の刑法改正で懲役と禁錮が「拘禁刑」に一本化されました。現行の条文は「3年以下の拘禁刑若しくは二百五十万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する」です。古い解説の「懲役」という表記は、改正前のものです。
ファクタリング会社が「問題ない」と言っています
業者が適法性を保証できる立場にはありません。むしろ、刑法96条の2は事情を知って買い取った側も処罰の対象としています。「問題ない」と即答する業者とは、取引を見送ることをおすすめします。
通常の資金繰りでの利用まで罪になりますか
なりません。条文は「強制執行を妨害する目的で」「無償その他の不利益な条件で」と要件を定めています。通常の条件で、事業の継続に必要な資金として利用し、記録が残っているなら、これらの要件には当たりません。
すでに差押命令が出ている売掛金はどうなりますか
差押えの対象になった債権は、譲渡しても買い取った側が回収できません。差押えの効力が優先するためです。したがって、ファクタリング会社も買い取りません。別の売掛金を譲渡する場合も、本記事の論点は当てはまります。
債権者が1社だけでも問題になりますか
なります。条文は債権者の数を要件にしていません。1社からの強制執行であっても、それを妨害する目的での不利益な譲渡は対象になりえます。
すでに取引してしまいました。どうすればよいですか
まず弁護士に、契約書・見積書・資金の使い道が分かる記録を持って相談してください。取引の条件が妥当で、資金を事業の継続に充てていたのであれば、説明できる可能性があります。隠さずに事実を伝えることが、次の手を選ぶ前提になります。
取締役個人に責任が及びますか
刑事責任は行為をした個人に及びます。加えて、会社法423条(会社に対する責任)と429条(債権者など第三者に対する責任)の対象にもなりえます。個人保証があれば、その履行も求められます。
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まとめ
強制執行を妨害する目的での財産処分は、刑法96条の2により3年以下の拘禁刑または250万円以下の罰金の対象になりえます。ファクタリングで問題になるのは主に第3号の「無償その他の不利益な条件での譲渡」です。
見落とされがちなのは、事情を知って買い取った側も同じ罪に問われるという点です。「回避できます」と勧誘する業者は、自らも危ない橋を渡っていることになります。その言葉を判断の根拠にしないでください。
民事では詐害行為取消権(民法424条)の対象にもなり、取引が取り消されても刑事責任は別に残ります。取締役個人には会社法423条・429条の責任も加わります。強制執行が見えている段階では、まず弁護士に相談し、債権者に対して公然と行える手続きを選んでください。